自転車は、微々たる人間の力で遠くまで移動出来る最もエコロジーな乗り物です。

 だからこそ、無駄なく効率良くエネルギーを伝え、快適に乗る為にも、服や靴と同じようなオーダーメードが求められ、いつまでも長く快適に御使い頂く上でも、メンテナンスが大切と考えます。

 “心地良さ”を提供する・・・それがシミズサイクルのポリシーです。(店主)

お店は小さくても
 沢山の逸話がある・・・!
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(創業当事の写真)

 創業は、初代・清水 清平/クワがこの地に昭和26年(1951年)に開業したのが屋号:【輪交舎】、今の“シミズサイクル”です。

 左の写真は、昭和35年(1960年)に山王自転車の看板を掲げてたので、この写真はそれ以降の写真ですね。

 この昭和35年が、当店で本格的に海外の有名ブランドを取り扱いだした時期です。プジョー(フランス)やレニアーノ(イタリア)が最初でした。写真を拡大して見ると辛うじて判りますが、店頭に飾られているのはレニアーノです。

 写真に写っているのは、日本一周を目指しているお客様です。 当時は中継点として東京を通過する際に、自転車を整備出来るお店として役所などで聞いて、皆さん当店へ立ち寄られ、フル整備をして旅立ちました。

 昭和37年(1962年)には本格的なスポーツ車を扱い、愛好家が増えて、中学生、高校生を中心としたクラブ“バンビ”を作り、関東近郊に走りに行きました。
 昭和38年(1963年)には、ユーレーやサンプレックス、カンパの部品を取扱い始め、ランドナーやロードの組み立てや修理を盛んに行ないました。
 昭和39年(1964年)、東京オリンピックが開催され、海外選手が持ち込んだ自転車を羨望の眼差しで見たものです。

 この頃から本格的にチネリを取り扱い始めましたが、大卒初任給の月給9,000円の時代に、22万円の高級車でした。 これ以降、「DE ROSA」と云えば東京・台東区の横尾双輪館さん、「Cinelli」と云えばシミズサイクルと云われました。 

  昭和60年(1980年)代には、ミラノショーに出品された「Cinelli」展示品を買い付け、250万円で店頭に出した途端に売れてしまった・・・などという事もありました。 また「DE ROSA」の30周年記念モデルも14台売れるなど、まさにバブル直前の好景気だったのかもしれません。
  昭和61年(1986年)代には、NHKのテレビ番組に取り上げられ、テレビ東京、TBSなどの番組でも紹介されました。
力道山とCinelli

 昭和35年(1960年)前後に大活躍し、国内中が熱狂した“力道山”といえばプロレスの世界の人ですが、実は“Cinelli”を最初に日本に上陸させたのはこの人なのです。 海外遠征で一目惚れし、買って帰って来られたそうで、シミズサイクルのお客様でもあった当時のマネージャーさんからお話をお聞きしました。 

 昭和48年(1973年)に出版された「サイクルスポーツ」の表紙です。

 拡大してサブタイトルを見ると、“ラーレー”と国産の名車であった“片倉”の比較などという往年の愛好家にとっては非常に懐かしい言葉が並んでおります。

 実はこの冊子は、シミズサイクルにとっても記念号で、写真に写っているのはシミズサイクル3姉妹なのです。

好景気とTV紹介
 バブリーな1990年代に先駆け、1980年代中頃から海外製のロードレーサーが脚光を浴び、昔から手掛けていた当店が随分と紹介されました。
  • 1984年:NHK「ニュースセンター850情報」
  • 1986年:NHK「自転車のサラブレッドを作る」
  • 1987年:TBS「キャッチアップ! 頑固親爺」
  • 1988年:テレビ東京「土曜スペシャル こだわりの店」
  • 1988年:日本テレビ「ルックルック」
  • 1993年:山陽放送「Voice21 自転車特集」

 左の写真は、TV取材に来た人達も驚いた「Cinelli レーザ・クロノ・ストラーダ・エボルティオーネ」です。 世界で2台しか存在しておらず、1台はCinelliの社長、1台はシミズサイクルに展示してありました。

お国柄とフレーム

 日本のフレームでは、エンドでもボトルゲージを止めるネジでもスルッと入るのが当たり前。

 しかし、この“当たり前”が通用しないのが海外フレームです。 ネジ加工した後で塗装を掛け、そのまま・・・というのはザラにありますから、当店では必ず全てのネジを切り直して組み上げるのは勿論の事、フレームだけをお買い求めに為られる場合にも全てのネジを切り直してお渡ししております。

サドル  名品の“BROOKS”と言えば、ツーリング志向の方には憧れの的でした。 

  最近は“BROOKSのサドルは茶色が・・・”と仰る方が居られますが、昔のサイクリストは、必ず“黒のBROOKS”を買い求めたものです。

 実は乗り込んだサイクリストの自転車についている“アメ茶のBROOKS”は元々は“黒のBROOKS”で、長年大切に乗ると非常に深みのある“茶色のBROOKS”に変身します。 つまり、“大切に乗り込んだ証”なのです。

 そこまで乗り込まれた方は絶対にサドルだけは手放しませんねぇ〜。 そこまで使い込むのにどれだけお尻にタコを作られたか・・・と思えば納得です。